Jack’s Heart Got Sentimentalism
彼はじっと見つめていた。
ご主人は妻を亡くしてからというもの、以前にも増して口を開かなくなったが、反比例的にピアノに向き合うことが増えた。それは彼のよく知るご主人の再来でもあった。
この数年が可笑しかったのだ、と小さな瞳は昨日を振り返る。音楽と猫を愛する寡黙な紳士、それが彼の愛したご主人で、それを奪った人の罪は大きかった。
なのに、彼は今日を心の底から喜べなかった。旋律が違うのだ。悲嘆の調べはご主人の持ち味だったけれど、かつてのそれは溜め息だった。今彼の耳を撫でるのは、涙。
彼はご主人の視界に入るよう、少し前に移った。
向けてくれたのは見慣れた微笑み、けれど瞳の先があった。染み入る鈍痛に思わず目を閉じて、彼はご主人の足元にそっと身を寄せた。
夢が必要だ、昨日の続きを見せる夢が。確信して。
彼はたった一つ、ご主人に夢を見させる術を知っていたから。
星に願いをかけた。
――ボクにココロを、鍵盤に愛されるココロを下さい。
明くる朝、彼は白鍵に足を置いた。そこに詩情を感じとれて、彼は小さく、けれど力強く頷いたのである。